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JEA神学委員会「LGBTQ+ と共に生きる教会」の記事に対する問題提起への回答、及び、追加の問題提起

2024.06.14   お知らせ 

2023年9月に発行された日本福音同盟神学委員会編『「聖書信仰」の成熟をめざして2』に、吉川直美牧師の記事「LGBTQ+と共に生きる教会」が掲載されました。

この記事の内容に、NBUS呼びかけ人は大変憂慮したため、問題提起をさせていただきました。

それに対し、以下の通り、JEA神学委員会よりご回答頂きました。


2024年2月20日

NBUS呼びかけ人ご一同様

いと高き所で、栄光が神にあるように。

地の上で、平和が          

みこころにかなう人々にあるように。 

皆様から、JEA神学委員会論考集『「聖書信仰」の成熟をめざして2』の「LGBTQ+と共に生きる教会」について書簡をいただきました。JEA神学委員長の赤坂から返信を差し上げます。

LGBTQ+にかかる諸課題が、注意深い検討を要することは論を俟ちません。NBUSのお働きも、JEA神学委員会の論考も、あるいは例えば福音主義神学会における検討も、それぞれの持ち場でなされている大切な主のわざです。2024年の日本で、また世界も視野に入れて、神の国の拡大のために、それぞれの務めを担ってまいりましょう。

さて、吉川師の論考を名指して「憂慮する」としてご連絡くださいましたが、書簡の主な憂慮は「クィア神学」に向けられています。「クィア神学」そのものについての論評はよく理解できます。けれども、吉川師が「クィア神学」を推奨しているのではないことは、論考全体に鑑みてご理解いただけると思います。好意的に紹介していると評されましたが、現に存在する一つの「神学」で、無視できない動向であるゆえに紹介していただいているものであって、それを提唱する意図は吉川師にはありません。また、書簡の付録では『ラディカル・ラブ』に基づいて論じておられますが、吉川師の論考においては当該図書は参考文献であって、論考を支持するものとして用いられているものではありません。本論とは直接関係はなく、賛同という意味ではありません。これらのことは吉川師にも確認して、ここに私の文責で認めています。

書簡では論考の冒頭ページから引用して「同性愛が罪ではないと言っているのに等しい発言」とされました。私が同じ箇所から受け取ったのは、LGBTQ+の課題で苦悩している方々が教会に近付けないでいるのではないか、教会が遠ざけているのではないか、という厳粛な問いかけです。

すべての項目に応答する、ということはいたしませんが、以上をもって神学委員長としてのお返事とさせていただきます。

私どもは、「時代に起きる様々な問題を聖書によって検証し、聖書信仰の意味を究め、明確にしていくように努め」る日本福音同盟の委員会として、主と主の教会に仕えてまいります。世界の叫びに耳を傾け、遍く福音を届けたいと思います。そのために、主が主の教会を用いてくださることを信じます。貴団体も聖書を基盤としてLGBTQ+に関する忌憚のないご意見を今後とも発信していかれることと推察します。そのようなご意見を私どもも真摯に受け止めつつ、諸課題に取り組んでまいる所存です。

JEA神学委員会
赤坂 泉

 

 

こちらのご回答に対しまして、NBUSから以下のような追加の問題提起をお送りさせて頂きました。

JEA神学委員会 赤坂 泉 様

主の御名をほめたたえます。

JEA神学委員会論考集『「聖書信仰」の成熟をめざして2』の記事「LGBTQ+と共に生きる教会」に関して送らせていただいた書簡に対するご返信をいただき、ありがとうございました。

ただ、ご理解いただいてけていないと思う点、あるいはご回答いただいていない点がいくつかありますので、前回の書簡の論点をもう一度整理させていただきたいと思います。

論点の整理

ご返信に「書簡の主な憂慮は『クィア神学』に向けられています」と記されていましたが、この点は誤解です。クィア神学以外にも、以下のようないくつかの点で問題を提起させていただいています。

1. 同性愛は罪か

前回の書簡で記事「LGBTQ+と共に生きる教会」の問題として指摘させていただいたことの一つは、同性愛は聖書で言う罪ではないという主張をしているのではないか、という点です。根拠になる箇所は以下です。

教会では長い間『同性愛者』や性的マイノリティは、まごうことなき『罪人』であるとされてきた歴史がある[1]

同性愛者が「まごうかたなき『罪人』であるとされてきた」という言葉は、実際にはそうではないという主張が言外に含まれています。この点は、聖書は旧新約一貫して同性愛が罪であると語っているため(創世記19:1~29、レビ18:22、レビ20:13、エゼキエル16:49~50、ローマ1:26~27、32、1コリント6:9、1テモテ1:10、2ペテロ2:6~10、ユダ1:7)、聖書に反する考え方ではないかと指摘させていただいたとおりです。

2. 同性愛は生まれ持った性質で、変えることができないという考え方は聖書に反するのではないか(1コリント6:9~11など)

記事「LGBTQ+と共に生きる教会」では次にように言われています。

みなさんが、今自認しておられる性は間違っていると言われて、異なる性で生きるようにできるでしょうか。あるいは、あなたの恋愛対象は同性でなければならないと言われて、自分の意志で変えることができるでしょうか。それと同じことを LGBTQ+の人々に要求してきたのです。[2]

上記の言葉は、同性愛は生まれ持った性質で、変えることができないという考え方に立っていると思われます。しかし、そのような考え方は聖書にはありません。また、コリント教会の信者には、過去に「男娼となる者、男色をする者」もいましたが、「以前はそのような者でした」と言われており、そうしたライフスタイルを捨てていることがわかります(1コリント6:9~11)。つまり、同性愛は変えることができない不変のものではないとパウロは証言しています。この点にも、ご返信の書簡に言及がなかったので残念に思った次第です。

3. 同性愛のライフスタイルを続けたままで救われているか

3つ目の問題は、同性愛のライフスタイルを続けたままでも救われているかという点です。この点は同性愛者に伝道する上で重要な点ですので、見過ごすことはできません。

1コリント6:9~10では「正しくない者は神の国を相続できません。…姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者はみな、神の国を相続することができません」と言われています。

このみことばが文字どおりであれば、同性愛者は神の御国に入ることができないということになります。そうすれば、同性愛のライフスタイルを保ったままで救われると教えている教師は偽教師となり、伝道する相手の同性愛者に益ではなく害をなすことにもなります。

クィア神学をめぐる立場について

ご返信の書簡では、次のように言っていただきました。

「吉川師が『クィア神学』を推奨しているのではないことは、論考全体に鑑みてご理解いただけると思います。好意的に紹介していると評されましたが、現に存在する一つの『神学』で、無視できない動向であるゆえに紹介していただいているものであって、それを提唱する意図は吉川師にはありません」

吉川師がクィア神学に推奨しているわけではないと明言していただいたことはよかったと思っております。ただ、記事を読むと、やはりクィア神学の取り上げ方で一定の立場が示されていると言わざるを得ません。

新約聖書で、パウロは信者に割礼を強いるユダヤ主義者に言及する際に、「この人たちはこう言うことを教えていますよ」という中立的な言い方はしていません。ガラテヤ1:6~8でパウロは次のように語っています。

私は驚いています。あなたがたが、キリストの恵みによって自分たちを召してくださった方から、このように急に離れて、ほかの福音に移って行くことに。 7  ほかの福音といっても、もう一つ別に福音があるわけではありません。あなたがたを動揺させて、キリストの福音を変えてしまおうとする者たちがいるだけです。 8  しかし、私たちであれ天の御使いであれ、もし私たちがあなたがたに宣べ伝えた福音に反することを、福音として宣べ伝えるなら、そのような者はのろわれるべきです

クィア神学を受け入れる教会は、教会という名前は残るが、実質は教会でなくなります。聖書の福音が失われてしまうためです。この意味は、前回の書簡で紹介したクィア神学の教えを見ていただければわかっていただけるかと思います。異端的な教えには、異端的な教えに対する接し方があります。聖書の教えを語るのに、統一教会などの異端の教えを引用する牧師がいないのと同じことです。

JEAの専門委員会の皆様にお願いしたいこと

記事「LGBTQ+と共に生きる教会」には、次のように言われていました。

同性愛者による性行為か、異性愛者による同性間での性行為か、買春や少年虐待か、当時同性愛概念がなかったとするか、現代も有効か無効かといった問題について、伝統主義は伝統主義的、修正主義は修正主義的に読むので、聖書から主張し合っても両者は平行線です。[3]

ただ、こう言ってしまってはJEAの存在意義の一つを否定してしまうことになります。日本福音同盟(JEA)のホームページ(https://jeanet.org/about/mission)には、「目的と活動」として、以下のように記されているためです。

JEAは、時代に起きる様々な問題を聖書によって検証し、聖書信仰の意味を究め、明確にしていくように努めます。それによって、構成メンバーのすべてが聖書信仰という共通の土台の上に立つことができるからです。

また、JEAの目的として「各種専門委員会による調査研究の実施と情報の提供」が挙げられています。そこで、JEAの専門委員会の皆様にお願いしたいことは、上記に挙げた論点について、ぜひ聖書信仰に立った「調査研究の実施と情報の提供」をお願いしたいということです。NBUSの呼びかけ人やナッシュビル宣言に署名いただいている方々の中には、JEAの会員団体の教職者が多数含まれています。そのため、上記の問題を取り上げて議論を深めることは、JEAが会員から付託されている使命に応答することでもあると思います。

上記の件、ぜひご検討をお願いいたします。

2024年6月12
性の聖書的理解ネットワーク(NBUS)呼びかけ人一同

[1] 日本福音同盟神学委員会編『「聖書信仰」の成熟をめざして2』p.41
[2] 日本福音同盟神学委員会編『「聖書信仰」の成熟をめざして2』p.41
[3] 日本福音同盟神学委員会編『「聖書信仰」の成熟をめざして2』P.43