2024.12.05
クリスチャン新聞への意見書に対する返信について
2022.09.14 お知らせ
クリスチャン新聞編集部より、9月4日号「『転向療法』への回帰を危惧 『性の聖書的理解ネットワーク』に反論」記事、並びに一連のLGBTQ特集に対する意見書に対して、以下の通り返信を頂きました。
NBUS呼びかけ人一同様
9月4日、クリスチャン新聞編集部あての「9月4日号『「転向療法」への回帰を危惧「性の聖書的理解ネットワーク」に反論』記事、並びに一連のLGBTQ特集に対する意見書」をメールで頂戴しました。私どもにご意見お寄せいただきましたことを、まずは感謝申し上げます。
9月4日号に掲載した「性の聖書的理解ネットワーク『NBUS』を憂慮するキリスト者連絡会」(以下、憂慮する連絡会)設立に関する記事ですが、この見出し「『転向療法』への回帰を危惧」が、「『転向療法』がNBUSの目的であるかのような報道」と受け止められたことは、私どもの想像を超えたことでございました。
ご確認いただいております通り、NBUSの設立記事を7月31日号で、憂慮する連絡会の設立記事を9月4日号で掲載いたしました。いずれもそれぞれ発表された文書から記事にしたものです。当然限られた紙面の中で、できる限り正確に内容を伝えるべく努めております。
まずNBUSの記事では、団体設立の中心的動機は次の一文に表れていると捉え、その文言をそのまま引用し、記事に掲載しました。「この世の価値観を優先させることにより、ジェンダーとセクシュアリティに関する聖書の教えに対する混乱や妥協、神の真理からの逸脱が見られる」。
また、憂慮する連絡会の記事では、団体設立の中心的動機は、「多くの自死者を出した『転向療法』へと向かう危険」にあると捉え、その部分を引用として記事にしました。
このように、それぞれの設立の動機を掲載した理由は、それこそ記事に書くべきことと判断したからです。NBUSは、一部特定の個人の名前を挙げながら、その発言を機に発せられたとするキリスト教メディアのメッセージの中に「この世の価値観を優先させること」を見て取っている。一方で憂慮する連絡会は、NBUSの設立に「『転向療法』へと向かう危険」を感じ取っている。これらのことを記事として書くべきことと判断し、実際に掲載いたしました。
いずれの記事もほぼ引用で構成されていますので、その趣旨を大きく違えていることはないものと思います。
憂慮する連絡会の記事では、それを見出しに用い「『転向療法』への回帰を危惧」としたことで、今回のご指摘を受けておりますが、それが「『転向療法』がNBUSの目的であるかのような報道」を意図したものではないこと、クリスチャン新聞にそのような意図はないことを、まずご理解いただきたく存じます。その上で、そのように受け取られる可能性に思い及ばなかった点については、ご指摘を謙虚に受け止めます。実際その見出しの中に「憂慮する連絡会」の名前を出さなかったことが、誰が「『転向療法』への回帰を危惧」しているのかを曖昧にしたかと考えます。見出しは限られた字数の中で伝えるべき事柄を詰め込むた
め、どうしても字を削って無理をすることはございますが、極力誤解が生じることの無いよう、より慎重に言葉を選ぶべく、心がけてまいります。
ただ、先にも申しましたように、憂慮する連絡会の記事自体は、その中に何か事実と異なる要素や誤りがあるとは思いません。その記事を指して「フェイクニュースそのものと言えないでしょうか」という表現で、フェイクニュースだと断定されることは、私どもには理解いたしかねます。
クリスチャン新聞が5月22日号及び6月12日号で掲載した特集「教会とLGBTQ」に関しては、「偏向報道」とのご意見を頂戴しました。この企画に際して最初に意図し、今も重要だと考えていることは、「まず、当事者の声を聞こう」ということです。そこには、クリスチャン新聞を含めて諸教会がこれまで当事者の声に十分に耳を傾けてこなかったのではないか、との反省があります。紙面を通して私たちが何らかの明確な判断や立場を表明する意図はございません。もちろん「当事者の声」ですから、そこで語られる言葉にその考え、意見は当然含まれます。それを記事という形で提示した時に、「偏向」とのご意見につながったかと思料しておりますが、その偏りは、「片方に」ではなく「一部に」というものだと認識しております。
もとより、紙面に掲載した「声」は、当事者全体を代表するものなどではありようもなく、そのほんの一部に過ぎません。当事者の方がこの紙面を読んだなら、その大半の方は「ここで語られているのは私の声ではない」と思われるのではないでしょうか。まだまだ私たちが聞かなければならない声は多種多様に存在しており、その声にこれからも聞いていかなければならないと考えております。
以上、不十分ではございますが、頂戴した「意見書」への応答とさせていただきます。なお、この応答は、クリスチャン新聞編集部あてに頂戴したメールへの返信として送らせていただきます。私どもとしては、それ以外の形での送付、公開などは考えておりません。ただ、NBUSのサイトで「意見書」はすでに公開されているようですので、私どもの応答をそこで公開していただいても、なんら差し支えはございません。その際は、ここに書きました文章を、全文そのまま掲載していただきたく存じます。よろしくお願いいたします。
2022年9月13日
いのちのことば社
クリスチャン新聞編集部